<アブソルート・リターン(絶対収益)の追求で多様化するヘッジ・ファンドの運用>
「稼ぐに追いつく貧乏なし」――。江戸時代の人気作家だった井原西鶴の言葉だが、昔も今も貧富にまつわる諺には変りがない。投資においては、高い投資収益の安定的な追求こそが、あらゆるコストやリスクを相殺する源泉と言えるだろう。
最近、主要国で徐々にインフレ圧力が強まる中、欧州中央銀行(ECB)や米連邦準備理事会(FRB)など、一部の中央銀行は、量的緩和縮小(テーパリング)へ向けた地ならしを始めており、世界的な過剰流動性に支えられた金融市場に波乱の可能性がくすぶる。
ヘッジ・ファンドには、株式現物などの空売りに加え、先物、オプション、スワップ、デリバティブ(金融派生商品)など、金融技術を駆使し、相場の上げ下げに関係なく「絶対収益(アブソルート・リターン)」を目指すものが多い。一方、一般的なロング・オンリーの株式アクティブ・ファンド(投資信託など)は、TOPIX(東証株価指数)などのベンチマークを上回る「相対収益(レラティブ・リターン)」の獲得を目指す。
ヘッジ・ファンドが目指す「アブソルート・リターン」は、「絶対に収益を上げる」という意味ではなく、「相対」の反意語として「絶対」という言葉を使っており、「市場のリターンに対する相対的なリターンではなく、絶対的なリターンを得ようとする」投資戦略を意味する。ロング・ショート戦略、マルチ戦略、M&A(買収・合併)などイベント・ドリブン戦略といった、多様な戦略を使って、下げ相場であっても収益を生み出す体制を築いている。つまり市場動向にかかわらず、投資元本を増やすことを目指している。
<多様化するイベント・ドリブン型戦略>
ヘッジ・ファンド業界では、世界的な新型コロナ・ウイルス感染拡大を背景に、打撃を受けた業界・業種などを対象に、企業のM&A(買収・合併)、事業再編(リストラクチャリング)、プライベート・エクイティ(PE)などによる運用も活発化している。
調査会社リフィニティブによると、世界のM&Aは2020年に前年比55%減少の3兆6000億ドル(約400兆円)となった後、2021年1-6月は2兆8000億ドルに達し、同じペースなら年間で5割以上増える見込み。
2021年に入り、M&A件数が増加している要因としては、①欧米など主要国の金融緩和策により、低金利が続いており、資金調達が容易なこと②一部の企業はレバレッジを大幅に削減し強固なバランスシート(貸借対照表)により資本が充実していること③新型コロナ・ウイルスに対するワクチン接種が普及し景況感や投資家心理が回復基調にあること④ボラティリティ(変動率)の低下傾向――などが挙げられる。
(出所:QUICK)
投資環境に関する先行きが不透明な中で、伝統的な株式・債券相場が下落する場面であっても、企業・国などの信用リスクを売買する「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」といったデリバティブを使って、社債、国債、貸付債権など信用リスクを売買することや、破綻リスクを回避することにより、高い収益を求めることも可能になる。
ヘッジ・ファンドの運用手法の1つである、ディストレスト戦略は、破綻寸前に陥った企業や財務内容が悪化した企業の発行する債券・株式などを割安な価格で購入し、事業再生や企業の信用力回復の過程で当該証券の価格が上昇した時点で売り抜く投資戦略だ。
ちなみに9月9日付のブルームバーグ報道によると、米マイクロソフト共同創業者ビル・ゲイツ氏は、同氏が所有する投資会社カスケード・インベストメントを通じ、サウジアラビアのアルワリード王子のキングダム・ホールディングが保有するフォーシーズンズホテル・チェーン運営会社の持ち分を取得し、経営権を握る。カスケード・インベストメントは現金22億ドルを支払ってフォーシーズンズ・ホテルズ・アンド・リゾーツの持ち分を追加取得し、出資比率を47.5%から71.25%に引き上げるという。
ヘッジ・ファンド投資には、購入手数料、為替手数料、運用報酬(実績報酬を含む)、管理報酬、信託報酬など様々なコストがかかるため、インフレ率の上昇などに対して負けない運用力がないと、敢えてリスクを取る意味がない。
不確実な時代に備えた資産防衛術として、ヘッジ・ファンドなどオルタナティブ(代替)投資に関する知識と理解を深めることは必要不可欠になるかもしれない。
参照:
米銀好決算、経済再開追い風 M&A増・引当金の戻り寄与: 日本経済新聞 (nikkei.com)
クレジット・デフォルト・スワップ(CDS) | 日本取引所グループ (jpx.co.jp)
FRB、量的緩和縮小11月にも決定 利上げも前倒し示唆: 日本経済新聞 (nikkei.com)
ビル・ゲイツ氏、フォーシーズンズ経営権取得-サウジ王子持ち分買収 - Bloomberg
Cascade Investment Group (ciginc.net)